ここは、いろいろな人の居場所。緩やかにつながる心地よさ~わおん~

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午後、中3女子2名は冬を迎えるにあたってのアンケート調査に
同行することとなった。
アンケート調査自体は大人のボランティアさんが担当し、
どういう状況であるのか、直接住民の声を聞かせていただく機会とするのが
一番の目的である。
東北「志」援キャラバン 060

男子チームは、まずはバザー品や配給品の片付けと整理。
続いて野蒜小学校裏の御宅の窓ふきボランティア。
東北「志」援キャラバン 062

この御宅の奥様と少しお話できたが、
少し高台にあるとはいえ、あと30cm低ければ、津波が床下には
来るところまで迫ったとのこと。

それはそうだ。
宿泊させていただく野蒜小学校、指定避難所となっていた小学校の
体育館には、3mの津波が押し寄せ、多くの人が津波に飲み込まれ、
泥にまみれたのだ。
津波が治まったその夜は、雪がちらつくほどの寒さ。
体育館では厳しい冷え込みがずぶ濡れになったお年寄りが
10数名、低体温症などで亡くなられた。

東北「志」援キャラバン 073


そのすぐ裏の御宅だった。

ほんの数メートルの違いで、これほどまでに生死を分ける出来事。
東北「志」援キャラバン 085

今、僕が生きていることは、奇跡的なことなのか。
それを有り難いこととして受け止めるべきことなのか。
生きたくても生きられなかった人たちの思いを抱えて
代わりに精一杯生きるべきなのか。
東北「志」援キャラバン 084

この津波の惨さを体験した人の俳句を以前ブログで紹介したが、
それは生き残った人たちの心の中には決して消えることのない、
地獄のような出来事であったに違いない。

生き残ったその人たちは、生き残ったことを、
「喜び」と感じられているのだろうか。
助かって何よりですね、という言葉は、
本人が「何よりです」と言わない限り、うかつに言えない。

自分の幼子が、目の前で流されるのを
見送ることしかできなかった母親がバザーの手伝いにいらしていた。

生きていること、これから生き続けていくこと、
それにどのような意味づけが出来るのだろうか。
それを自分に問いながらの日々が続くとすれば、
苦しい。

しかし、この日の夜、ある人が中学生に話をして下さることになった。
その中に、ひとつの、あくまでもひとつの解答例を得ることとなる。
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2011.10.23 / Top↑
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