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ここは、いろいろな人の居場所。緩やかにつながる心地よさ~わおん~

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いよいよ2日後に迫った東北行き。
震災直後から現地で支援をしている民間団体に、
今回の東北行きに関することでお世話になっている。

彼らは、疲れている。

それが、彼らと話していて感じることだ。

彼ら自身の「義」により立ち上がり、
とことん行動し、行動し、行動し、
そして4か月が過ぎようとしている。
場合によっては、一気に広げた支援の流れを
維持していくことに困難さを感じながらも、
乗り込んだ「義」の列車から途中下車できずに、
周りに支援のための支援を呼びかけ、
それすら上手くいかないことに苛立ってしまう、、、。
終着駅への到着時刻がいつになっても発表されない列車。
スピードを落とせば、列車が運んでくる荷物を
今か今かと待っているたくさんの人たちの生命が
危ぶまれる状況になることが分かっている。
だからこそ、この列車に乗ったわけだ。
しかし、その列車を走らせ続ける燃料は、
今にも切れそうであったり、切れてしまって、
手でその列車を押していたり、、、。

若者の支援においても、場合によっては本当の意味で
命がけという場面に遭遇する。

私の目の前で、母親をぶん殴るニート状態の若者。
睡眠薬のオーバードーズ状態で、「死ぬ。じゃあね」と電話してきた若者。
調理場(刃物あり)で「どうせお前も俺に煙草の火を押し付けるんだろ!!!」と
癇癪を起こした若者。

その都度、支援とは一体何なのか、自分の無力さに言葉を失う。

すでに、被災地に支援に入った経験を持つ若者の話を聞く機会があった。
「泥だしの途中で、スケジュール的に帰らなければいけないということになり、
 非常に心苦しかった。自分の行動がどれほど復旧に貢献できたのか、
 そんなことを考えると、本当に何もできなかったに等しいという気持ちに
 襲われます。」ということを言っていた。もっともだと思う。
だから彼はもう一度、私たちに同行する。


2年前、フリーター君たちを正規就労に導くセミナーの講師をさせていただいた。
その時の受講生が、突然、わおんを訪ねてきてくれた。
岐阜中日ビルにあるNPO・ボランティア協働センターに掲示されていた、
今回の東北行きのチラシが目にとまり、そこに私の名前を見つけたそうだ。
だが、わざわざ訪ねてきてくれるとは、感激で思わず握手。
彼もすでにGW中に被災地入りして活動してきたとのこと。
東北に同行したいくらいの勢いだったが、急なことでもあり断念。
しかし、彼は明日の準備のお手伝いに来てくれると申し出てくれた。

とよ爺先生から「肝に銘じよ」のお言葉を頂戴した。
被災地に対し、上から目線はすぐ悟られる、
支援は、上から下ろすものではなく、文字通り、支え、援助である。
被災地に行くからには、こんなことができたらと思い描くこともいくつかある。
物資を届ける先の人と交流を持ちたい、
どんな気持ちでいらっしゃるのか話を伺いたい、
おそらく、その場にいない人が訪問するときには必ずそういう欲求が湧く。
ご多分にもれず私もそうだ。
が、毎日、支援者がやってきては「どうですか?大丈夫ですか?」
「これ持ってきました。よかったら使ってください。」
ということに対し、向き合っでばかりいると、疲れてしまうはず。
今は、だんだんそういうストレスがたまってきている時期だと思う。

何も言わず、淡々と、シェアの精神を持って、そして支援者も無理はせず、
目の前の事実を事実として客観的にとらえ、
何がその人達に必要なことなのかを把握することに
全神経を集中させる。
被災地以外にいる私たちが支援にあたるときの心構えは、
相手がしんどくならないように、が基本だ。
要求ではなく提案。ギブ&テイクではなくギブ&ギブ&ギブ。

うーん、難しい。

が、とにかく行ってくる。

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2011.07.09 / Top↑
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