ここは、いろいろな人の居場所。緩やかにつながる心地よさ~わおん~

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カフェを開いた理由の一つに、
いろいろな人々が、
いろいろな気持ちを抱えて、
お店を訪れるに違いない、
また、
いろいろなバックグラウンドを持っている人が
お店に出入りするに違いない、
そこから生まれる
新たなつながりや出来事が、
当NPOが主な支援対象とする若者に限らず
「人」にとって貴重なことだろう
という思いがあった。

昨日、それが実現した。

1つは、今開催している写真展の
出展者と常連の伯父さまとの間で。
出展者は、いわゆる芸術家肌で、
現代の、一般社会に「自分を見いだせず」
自分を表現する手段を芸術の中に求めている(ようだ)。
現在まで彼の写真作品は人目に触れる機会も少なく、
彼自身、積極的に広く多くの人に
見せようとしてこなかった(私にはそう感じる)のだが
今回、わおんで発表する機会を得て、
毎日、わおんでお客様の反応を見ている。
一方、常連の伯父さまは、
すでに定年を迎えられた、
人生経験も人脈も豊富、
ご子息もすでにそれぞれの家庭を実家を離れて築かれている、
コーヒーが好きな、
人当たりのとても良い、
高齢者向けの歌のイベントをボランティアとして開催している、
非常に素敵な伯父さま。

伯父さまに写真を見ていただき、
いろいろ説明する出展者の若者。
伯父さまが
「知り合いに写真を趣味として何十年も撮っている人がいる。
 丁度、今展示会やっているで、連れてってあげるよ。」

こういうこと。

普通の、人とのつながりの中では
時々ある話だと思う。
それを、孤立している若者、人は、
「よくある話」に出会わない。

支援団体の支援を受けるということも
有効ではあるが、その支援の中に
絶対必要なことが「普通のつながり」だと
声を大にして言いたい。

心がささくれだっているときには
そのささくれをかきむしるような行為からは
遠ざかる必要があるが、その手当てが
終わった後の場として、普通の世の中との接点を
本人が自分で見つけられれば
おそらく無業状態は恒常化しない。
それがいわゆる「自分で立ち上がる」
ということなのだと思う。
しかし、それができない心理状態にある場合は
そこに誰かが導くことが必要。

わおんはそんな存在でありたい。

その道が、昨日、一つ通った。

その道が、無数に伸びるよう、
カフェとしての営業でも
評判を得られるよう、
がんばるのみ!


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2011.03.27 / Top↑
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